イトウは心に宿る8

Миру Україні

2023年01月24日 07:07

イトウを釣ることを目標に掲げていたが、
それを実現させるのはいつしか、
人生の最後の方でいいと思うようになっていた。
安易に夢を食い潰してはいけない、
それだけ大切な存在なのと同時に、
イトウを釣ってしまうことで、大事な何かを失うことを恐れた。

比較的穏やかな人生を送っていたはずが、
不穏な雲が広がり、風が吹き、波に襲われ、
順風満帆に行かない人生になっていた。
地球から遥か遠くにある月の引力により、海には潮汐が生じる。
それは見えない力であり、不可抗力である。
潮汐が如く世界経済の潮位は上げ下げを繰り返し、
不意に不況の波に溺れる。
長年に渡り乗船していたのは大船ではなく笹船だった。
大きく揺られ今回乗り越えた所で、次の大波でも浸水は免れない。

求職では年齢でスタートラインにも立たせてもらえず、
面接にこぎ着けても、
社会的評価に値する肩書きが役に立たない。
社会は僕を必要としていないと感じ始めた頃、
この世を去らんとする人の気持ちが理解できた。
住宅ローンが終わり保険金がおりて家族は助かる。
それは誤った選択だと分かりつつも、誰もが強靭な心を持っていない。
電車に飛び込む悲痛な事故を知った時、
身近に困った人がいれば手を差し伸べたいと言った釣友と、
ダイヤが遅れて迷惑だと吐き捨てた腐れ外道がいた。
対照的意見を持つ二人と過去に、
それぞれ魚釣りをしたことがあるけれど、
魚釣りは人間性が顕著に表れるというのは周知の通りで、
なるほど納得であった。
僕の人生に必要な釣友は前者であり、
彼もまた辛さを知り、苦しみを乗り越えた人間味ある人柄。
魚釣りのスタイルにも深く頷いたし、他に類を見ない。
後者のゴミは着信拒否登録のちアドレス帳から削除。

辛い現実に踵を返したくなった時、
心を優しく撫でてくれたのが水辺に立つ時間であり、魚達であった
本当に辛い時は魚釣りなんてできないという考えもあるが、
それもひとつ。
きっと魚釣りに対する根本的な温度差なんだと思う。
一時凌ぎであっても僕は救われた。

意中の魚イトウが心に宿る。
志半ばで去ることは痛恨の極み。
湿原の川に立つまで歩みを止めてはならない。

粘り強さが功を奏し、おかげで社会復帰できた。
そのタイミングというのが、
気分転換にスーツと革靴を脱ぎ、
ウェーダーに履き替え真夏の渓へ逃避行。
お盆は殺生するなと祖母に散々忠告されてきたのに、
いつもはいはいと返事は二回。なんと罰当たりな。
なんちゃってグレート・エスケイプで気分一新し、
帰ってくるなり採用をいただいた。

今だからあえて嫌な事を述べると、
面接で不採用にしてくださった企業はCOVID-19の荒波により、
ことごとく悲惨な状況に陥いり、
さらに余波に耐え切れず沈没したところもあったようだ。
もしこれらのどこかに就職していたなら、
こうして厭味たらしく文字を打ち込むこともできず、
想像するだけで背筋が凍る。
誤解無きよう補足すると感謝の気持ちはあれど、
恨みなどあろうはずもない。
今回はご縁がなかったということで。

日々を頑張る目標のひとつに、
イトウのような存在が鎮座する釣り人生。
お皿に乗った垂涎の的に箸を伸ばすのは最後のお楽しみ。






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