イトウは心に宿る57
北海道の地を踏んで五日目の正午前、初めてイトウの存在を感じた。
だらだらと雰囲気に流され遊んでいたのでようやくと表現すべきか、
突如迎えた局面が正しいのか、いまは視界に映る流れ付近を鵜の目鷹の目になる。
僕の釣り人生における実力テストが始まった。
どう釣れば至高の一尾として記憶に焼付くかが最重要課題で、
ルアーボックスに視線を落として自身に問い掛ける。
手堅く喰うであろう水面下のルアーか、水面を割らせるかを
天秤にかける・・・・・・までもなく僕は絶対にトップウォータープラグだと決めていた。
いつも強烈な思い出としてよみがえるのはトッププラグで水面炸裂した光景なんだ。
迷い箸しているのはライヴワイアかスピッティンワイアかリブンシケーダで、
人生で最も重きを置いてきた魚イトウなのだから、
必然的に一生の思い出になるわけで、慎重に選ぶのも仕方なし。
チラリと淀みに視線を移したのち、視線を戻してルアーボックスから
新品のライヴワイアをつまみ上げた。新品を用意しているのはもちろんボディに刻まれた
イトウの歯形を眺めることで、この先の人生に潤いをもたらしたいからに他ならない。
三者の中でライヴワイアにしたのは水流の速さによるもので、
川釣りにおいてスピッティンワイアとの使い分けの基準はそこにある。
イトウが潜むであろう淀み周辺の水流が速そうなので水を切りやすい、
斬水人造魚のサブネームのあるライヴワイアに白羽の矢が立った。
スナップにライヴワイアを接続してから、
その流れでリーダーを指でつまんで滑らせ傷の点検をするのが長年の習慣。
狙いはイトウが定位しているであろうさらに下流に着水させて逆引きするのだけど、
左岸の流芯の勢いで反転流が生まれているので狙い所がかなり難しく、
さらには右岸の淀みの下流には岸から水面に覆いかぶさる陸生植物があり、
キャスト精度も求められる。立ち位置を何度も調整して、準備万端整った。
ライヴワイアは狙い定めた着水点に落ちて自画自賛。
反転流を追い越すように動かしてから右岸際の流れを逆引きさせる。
狙い通りのコースにライヴワイアを誘導させたなら、あとはイトウに秋波を送るのみ。
さあここ、イトウは淀みの水面下で睨みをきかせて獲物を襲わんとしている。
水面に刺さるライヴワイアの動きを一瞬停止させ、次にライヴワイアが僅かに、
ほんの僅かにお辞儀した瞬間にイトウはたまらず水面を炸裂させて襲ってくるはず。
一瞬停止したライヴワイアを凝視する。くる、絶対くる。
ロッドティップで僅かにラインを張ったその刹那・・・・・・ドカン!!
と来んのかーい。喰わんかったかあと苦笑いしつつ
水面を荒らさないよう静かにライヴワイアを回収。これで喰わねば二投目はなし。
次の一手はスピッティンワイアが状況を打破するのではとルアーを交換。
ライヴワイアを通したコースをトレースしつつ、
水流を利用して飛沫を派手に飛ばすが水面に変化は起きず、
どうやらこの状況はトップではないと判断した。しかしこの雰囲気、必ずイトウは潜んでいる。
次なる一手はミノーもしくは、でもクランクベイトとスピナーベイトは車に置いてきた。
いまからタックルを変更するために岸に上がって戻るのが面倒だし、
その手間を惜しんで後悔しないか、本当にそれでいいのかと自分に約束させた。
ミスディミーナーでとなると、ミノープラグのサンダーバックラム107Fの
シングル・フック仕様の出番だ。
淀みの水底の状態が把握できないためルアー選びも一筋縄ではいかず、
この数日間で湿原河川の水中は予想していた通り、
自由奔放な環境で構成されているためトレブルフック仕様では困難を極める。
三投目のサンダーバックラム107Fは確実にイトウの捕食圏を通過させるため、
さらなる緊張感に包まれる。
イトウは完全に野生の魚だ。直近で釣られていないのを前提とするならば、
目の前を通過するルアーを見切るようなことはほぼない気がするのだけど、
ただ巻きでいいのか、停止、浮上、沈下のいずれかの動きで
捕食の衝動が刺激されるか、連続トゥイッチもしくはジャークとジャークの間なのか。
あぁ全ては自分次第。北海道の野生が僕を試してくる。
金泥の淀みにイトウは宿る。
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