2024年03月04日
イトウは心に宿る32
街路樹の葉は暖色に染まり、
中には落葉して地面を彩るものもある。
北海道はすっかり秋なのだ。
季節の進行に驚き、一足お先の紅葉ドライブ。
おそるおそるパワーウインドウなるもののスイッチを押すと
自動で窓が下がることに感動。
秋の澄んだ空気が車内を巡り、
快適性を優先して装備されているエアコンも、
やはり自然の空気の美味しさには敵うまい。
コンプレッサーは重量増しになるだけでデメリットでしかないと
吐き捨てようものなら概ちゃんに肩を揺すられ、
「エアコンのない車なんて乗りたくないで」と言われる。
車内は普通の声量で会話ができるほど静寂なエンジンで、
サスペンションは乗り心地を重視しているのであろう
スプリング・バネレートと、ショックアブソーバーの
コンプレッションとリバウンドのセッティングが絶妙で、
ホールド性は皆無のくせに無駄に厚みのあるシートと相まって
乗り心地の良さだけは堪能できる。
移動するだけの手段ならこの上なしの乗り物であるが、
スロットルに呼応した吸気音も、耳をつんざく排気音もなく、
カムプロフィールもマイルドな吹け上がりで
まったく退屈な乗り物だ。
あの尖ったカム作動角による不安定なアイドリングが
しびれるのに、なんてことだろう信号で停車するたびに
黙り込むエンジンに戸惑ってしまう。
僕の肩を揺すりながら「アイドリング・ストップは普通やから」
「これが普通の車やねんで」と概ちゃんは言った。
この車とは一週間だけのお付き合いだが、
やはり自分で組んだエンジンでなければ愛せないと僕は寂寥を覚えた。
レンタカー店から最寄りの市場へ到着。
最寄りといえどここは広大な地北海道ゆえに
距離と時間概念が少々違うらしく、自動車で三十分も離れた場所なのに
すぐそこになるらしい。
しかも信号がほとんどなく渋滞とも無縁につき、
三十分走行すれば相当な距離を移動することになる。
概ちゃんは水辺に直行してもいいと気遣ってくれるが、
試算によると到着時間は水辺の下見すら不可能な時間帯なので、
旅行を存分に楽しむべく料理に舌鼓を打つことにする。
北海道の美味しいものといえば、北海道で食べたいものは、
北海道ならではといえば、海鮮でしょう!と概ちゃんと意気投合。
古い建物の駐車場に滑り込むと料金徴収ゲートはあるものの
稼働しておらず無料で停められた。
高知県の有名なんちゃら市場は、
数千円の買い物をしないと駐車料金をとるせこいシステムなのに、
ここはなんと親切なのだろう。
なんちゃら市場は義子の職場だったので遠慮なく言わせてもらう。
駐車場から市場の入口へ向かう途中でスマホのアラームが鳴った。
十四時四十五分だ。後場の終わり直前なので株価を確認し、
安ければ買い、高ければほくそ笑み、
値動きが小さければつまらんとスマホの画面を閉じる。
旅行中であってもたった数秒の確認で得ができる。
土地を貸している人の怠惰な儲けには敵わないけれど、
投資家も寝ている間や遊んでいる間も利益がでる。
折しもコロナ渦からの復活中で、17000円まで落ちた日経平均株価が
27000円まで上がり、この夏は乱高下していたので狙い通り
下がり切った所で買い続ければ後に左団扇。
ただのサラリーマンが独学でお小遣いを一千万円にする目標は
夢ではなく、大袈裟に言えば雪だるま方式で現実のものとなる。
当初は数千円の利益が出て喜べていたのが、
数万や十数万円の利益ではさほど表情に出ることもなく、
そのうち百万円単位を布団の中で右から左へ動かすようになる。
特技は投資、趣味は通帳を眺めること。
とはいえ現金化していないので
単に数字が大きくなっているだけなのだけど。
観光客相手の市場はコロナ渦で厳しい状況だったことだろう。
補助金で逆に潤っていたお店もあるかもしれないが・・・・・・、
旅行にきたならその地へお金を落としていきたい。
すっかりお昼時を逃したのに、
市場は観光客が多く活気があった。
初めて食べるサクラマスのお造りは悪くないが、
今後どうしても食べたくなるほどではなかったので、
釣り上げたらこれまで同様、元気なうちに水に帰そうと思った。
そんなサクラマスの上を行く美味しさはトキシラズのお造り。
トキシラズとはシロザケのことで、こういう味を絶品という。
さらに地元ではお目に掛かれないホッケのお造りだが、
これまた優勝である。
惜しむらくは本物のシシャモが見当たらなかったことだが、
それは仕方ないとして、あとはボタンエビにエンガワ、
花咲ガニ、蟹汁、イカにイクラ、
あぁお口の中が幸せになれるオンパレード。
温かいご飯も用意されており、とにかくご飯がすすむ。
さらには若い女性店員さんが炙りサケをおまけしてくださり、
その味に概ちゃんと顔を見合わせ大満足。
孤独のグルメではこれだけ沢山食べられないが、
二人のグルメはお互いのを食べられる特典がある。
チョコレートパフェとフルーツパフェを迷った時は、
それぞれ注文すればどちらも食べられる。
お腹を満たしたところで市場をぐるりとすれば、
お土産屋があった。
ここ北海道はヒグマがサケを銜えた木彫りの原産地であり、
日本中の実家に鎮座する三大置き物のひとつである。
残り二つは信楽の狸、最後はこけし。
自分が気に入り購入するのは問題ないが、
我々世代に対してのお土産であればもはやテロ行為。
そんな団塊世代あるあるを笑いながら眺めていると、
ご時世に対応した超可愛いぬいぐるみがあった。
お恥ずかしながら初の北海道旅行なので
いつから定番なのか知らないけれど、
売場面積の多くをシマエナガが占領している。
エナガはお馴染みの野鳥だけど、
シマエナガのデフォルメはなんて可愛いのだろう。
この可愛さに参ってしまい、
僕は持って帰られる最大サイズのシマエナガを連れて帰ることにし、
概ちゃんもなにやら色々と選んでいた。
このご時世に支払いは現金のみだったがお金を落とすに丁度良く、
ご高齢のおねーさん店主にお釣りは辞退することを伝えて帰ろうとしたら、
それはダメだと追いかけてきた。
おねーさんがちょっと待っててと言い残し、
一度戻って僕に手渡してくれたお菓子にはフィナンシェと書かれていた。
あら、これは縁起がいい。フィナンシェはフランス語で金融家。
おねーさんの三時のおやつをいただいて申し訳なかったが、
この味もまた美味しい思い出のひとつとなった。
中には落葉して地面を彩るものもある。
北海道はすっかり秋なのだ。
季節の進行に驚き、一足お先の紅葉ドライブ。
おそるおそるパワーウインドウなるもののスイッチを押すと
自動で窓が下がることに感動。
秋の澄んだ空気が車内を巡り、
快適性を優先して装備されているエアコンも、
やはり自然の空気の美味しさには敵うまい。
コンプレッサーは重量増しになるだけでデメリットでしかないと
吐き捨てようものなら概ちゃんに肩を揺すられ、
「エアコンのない車なんて乗りたくないで」と言われる。
車内は普通の声量で会話ができるほど静寂なエンジンで、
サスペンションは乗り心地を重視しているのであろう
スプリング・バネレートと、ショックアブソーバーの
コンプレッションとリバウンドのセッティングが絶妙で、
ホールド性は皆無のくせに無駄に厚みのあるシートと相まって
乗り心地の良さだけは堪能できる。
移動するだけの手段ならこの上なしの乗り物であるが、
スロットルに呼応した吸気音も、耳をつんざく排気音もなく、
カムプロフィールもマイルドな吹け上がりで
まったく退屈な乗り物だ。
あの尖ったカム作動角による不安定なアイドリングが
しびれるのに、なんてことだろう信号で停車するたびに
黙り込むエンジンに戸惑ってしまう。
僕の肩を揺すりながら「アイドリング・ストップは普通やから」
「これが普通の車やねんで」と概ちゃんは言った。
この車とは一週間だけのお付き合いだが、
やはり自分で組んだエンジンでなければ愛せないと僕は寂寥を覚えた。
レンタカー店から最寄りの市場へ到着。
最寄りといえどここは広大な地北海道ゆえに
距離と時間概念が少々違うらしく、自動車で三十分も離れた場所なのに
すぐそこになるらしい。
しかも信号がほとんどなく渋滞とも無縁につき、
三十分走行すれば相当な距離を移動することになる。
概ちゃんは水辺に直行してもいいと気遣ってくれるが、
試算によると到着時間は水辺の下見すら不可能な時間帯なので、
旅行を存分に楽しむべく料理に舌鼓を打つことにする。
北海道の美味しいものといえば、北海道で食べたいものは、
北海道ならではといえば、海鮮でしょう!と概ちゃんと意気投合。
古い建物の駐車場に滑り込むと料金徴収ゲートはあるものの
稼働しておらず無料で停められた。
高知県の有名なんちゃら市場は、
数千円の買い物をしないと駐車料金をとるせこいシステムなのに、
ここはなんと親切なのだろう。
なんちゃら市場は義子の職場だったので遠慮なく言わせてもらう。
駐車場から市場の入口へ向かう途中でスマホのアラームが鳴った。
十四時四十五分だ。後場の終わり直前なので株価を確認し、
安ければ買い、高ければほくそ笑み、
値動きが小さければつまらんとスマホの画面を閉じる。
旅行中であってもたった数秒の確認で得ができる。
土地を貸している人の怠惰な儲けには敵わないけれど、
投資家も寝ている間や遊んでいる間も利益がでる。
折しもコロナ渦からの復活中で、17000円まで落ちた日経平均株価が
27000円まで上がり、この夏は乱高下していたので狙い通り
下がり切った所で買い続ければ後に左団扇。
ただのサラリーマンが独学でお小遣いを一千万円にする目標は
夢ではなく、大袈裟に言えば雪だるま方式で現実のものとなる。
当初は数千円の利益が出て喜べていたのが、
数万や十数万円の利益ではさほど表情に出ることもなく、
そのうち百万円単位を布団の中で右から左へ動かすようになる。
特技は投資、趣味は通帳を眺めること。
とはいえ現金化していないので
単に数字が大きくなっているだけなのだけど。
観光客相手の市場はコロナ渦で厳しい状況だったことだろう。
補助金で逆に潤っていたお店もあるかもしれないが・・・・・・、
旅行にきたならその地へお金を落としていきたい。
すっかりお昼時を逃したのに、
市場は観光客が多く活気があった。
初めて食べるサクラマスのお造りは悪くないが、
今後どうしても食べたくなるほどではなかったので、
釣り上げたらこれまで同様、元気なうちに水に帰そうと思った。
そんなサクラマスの上を行く美味しさはトキシラズのお造り。
トキシラズとはシロザケのことで、こういう味を絶品という。
さらに地元ではお目に掛かれないホッケのお造りだが、
これまた優勝である。
惜しむらくは本物のシシャモが見当たらなかったことだが、
それは仕方ないとして、あとはボタンエビにエンガワ、
花咲ガニ、蟹汁、イカにイクラ、
あぁお口の中が幸せになれるオンパレード。
温かいご飯も用意されており、とにかくご飯がすすむ。
さらには若い女性店員さんが炙りサケをおまけしてくださり、
その味に概ちゃんと顔を見合わせ大満足。
孤独のグルメではこれだけ沢山食べられないが、
二人のグルメはお互いのを食べられる特典がある。
チョコレートパフェとフルーツパフェを迷った時は、
それぞれ注文すればどちらも食べられる。
お腹を満たしたところで市場をぐるりとすれば、
お土産屋があった。
ここ北海道はヒグマがサケを銜えた木彫りの原産地であり、
日本中の実家に鎮座する三大置き物のひとつである。
残り二つは信楽の狸、最後はこけし。
自分が気に入り購入するのは問題ないが、
我々世代に対してのお土産であればもはやテロ行為。
そんな団塊世代あるあるを笑いながら眺めていると、
ご時世に対応した超可愛いぬいぐるみがあった。
お恥ずかしながら初の北海道旅行なので
いつから定番なのか知らないけれど、
売場面積の多くをシマエナガが占領している。
エナガはお馴染みの野鳥だけど、
シマエナガのデフォルメはなんて可愛いのだろう。
この可愛さに参ってしまい、
僕は持って帰られる最大サイズのシマエナガを連れて帰ることにし、
概ちゃんもなにやら色々と選んでいた。
このご時世に支払いは現金のみだったがお金を落とすに丁度良く、
ご高齢のおねーさん店主にお釣りは辞退することを伝えて帰ろうとしたら、
それはダメだと追いかけてきた。
おねーさんがちょっと待っててと言い残し、
一度戻って僕に手渡してくれたお菓子にはフィナンシェと書かれていた。
あら、これは縁起がいい。フィナンシェはフランス語で金融家。
おねーさんの三時のおやつをいただいて申し訳なかったが、
この味もまた美味しい思い出のひとつとなった。
2024年03月02日
イトウは心に宿る31
搭乗口へ集まる人々の装いを見て思わず笑ってしまう。
気温にそぐわない厚着をした我々とは反対の、
薄着でさらにはサンダルを履いた人々がいる。
どうやら薄着の人達は沖縄行きの飛行機に乗るらしく、
その誰もが若くて陽気が弾けている。
沖縄に到着するなり海に飛び込むべく、
きっと服の下はもう破廉恥なビキニではないかとも思わされた。
それに対して我々北海道行きの厚着派は、
平均年齢高めでどこか鬱屈としており、
薄着派とは混じることのない明確なサーモクラインが引かれていた。
思わず沖縄もいいな・・・・・・と口から零れてしまうと、
概ちゃんが、
「沖縄にはどんな魚がいるんやろーって考えてる。すぐ魚のことやし」
なんて言い出し、これはご名答。
僕の頭の中では地味な色をしたロウニンアジではなく、
カスミアジのような色鮮やかなお魚ちゃんや、
色取り取りの熱帯魚ちゃんが群れを成し、
白い砂浜に寝転がっていたり、胸を揺らして浅瀬で戯れていた。
これからヒグマが待つ北海道の冷たい水で糸を垂らす奴がいるだなんて、
沖縄へ行く彼女達の誰が想像できよう。
十時五十六分、乗客を待つ旅客機に乗り込み、
指定していた窓際に着座した。
事前に席を予約する際に概ちゃんに抜け駆けしていたので
彼女の席は僕の隣ではなく、通路を挟んだ僕の左斜め後ろだった。
この意味のない微妙な距離感に複雑な想いをした。
十一時二十分、
三ヵ月前に概ちゃんと観に行ったトップガン・マーヴェリックに
登場したスーパーホーネットを彷彿とさせるほどの加速度はなかったが、
大きな機体は宙へ舞い上がり地上に並ぶ建物をみるみる小さくした。
窓の外にあるのはひたすら広がる雲海と濃い青をした空。
地上では体験できない別世界の景色は、
聖帝サウザーの気分にさせるに十分であり、
下界で汗水を垂らしてひっきりなしに働く下々の民に向かい、
東京証券取引所の後場終わり十五時までしっかり経済を回せと、
頬杖を突きながら二時間だけの王座を満喫する。
空の上で正午を跨ぎ、北海道へ向かっている現実が僕に語りかけてくる。
最終目標の魚であるイトウを釣ることができたなら、
僕はなにを感じ今後どう生きるのか。
イトウは難しい魚ではないと想像でき、
イトウが生息できる環境が整っていたならばきっと釣れる。
初魚との出会いは人生で一度きりなのだから、
これまで同様、出会うまでの過程を大切にしよう。
あれこれ想像するうちに、
釣り上げてからのことを考えるのは野暮だと気付いた。
次第に眼下にはまさに航空写真で見る地上が現れ、
陸と海の境となる海岸線が延々と続き、そこを通過すると
今度はどこまでも広がる緑の大地を飛んだ。
機はゆっくり高度を下げるが、
見渡す限り建物がないことに気づき、
本当に日本だろうかと疑いつつ、これが北海道なのだ。
十三時二十分、離陸から丁度二時間で目的の空港に着陸。
今度は陸から空を見上げると鈍色の雲に覆われていた。
お金で最短時間を買ったので海路や陸路より遥かに早く
到着できたのだけど、
始発バスに乗ってから到着が午後になるのだから、
これまでのどこよりも遠くの魚に会いにきたのだと思わされた。
いや、まだ水辺ではなくこれから長い長い陸路を経て、
予定では片道十二時間の行程になる。
目的地へ到着するのは陽が西の空に沈んでからになるので下見も
できないはずだ。この季節の北海道は夜明けと日没が早い。
空港で手配していたレンタカー店の送迎車に乗り、
今日から一週間お世話になる車の元へ案内された。
まず驚いたのはリモコンでドアのロックが解除されること、
いや正確にはリモコンのボタンを押さずして、ドアノブに触れたら
開錠される。
さらにイグニッションにキーを差し込むことなく
レーシング・カーよろしくスターターボタンでエンジンに火が入るのには
参った。
パワーウインドウにパワーステアリングまで装備され、
ギアはドライブレンジに入れれば速度に応じて
自動でギアが変速されるAT仕様。
オートブリッパー同様、減速時にヒール&トゥが不要なのは楽である。
驚きっぱなしの僕に概ちゃんが、
これが皆が乗っているごく普通の車だと諭される。
なんやったら乗り心地が良く車内がとっても静かであるとも。
もっとも驚いたのはセンターコンソールに鎮座する
ナビゲーションシステム。しかしこれは無用の長物、
道案内はスマホで十分ではないだろうか、この時代遅れめ。
そんなスマホの充電用に持参していたシガーソケットの変換器だったが、
そもそもシガーソケットなどなく、
USB電源が標準装備されておりこれこそが無用の長物であった。
都会から田舎に来たのに、なにこの浦島太郎感。
贅沢が集約された近未来型自動車に戸惑っていると、
レンタカー店のスタッフがアドバイスをくれた。
店を出てすぐの曲がり角に一時停止線があるのでお気をつけくださいと。
ちなみに全国の最たる交通違反は一時停止違反。
普段から守っていないはずがなく、
もちろん信号のない横断歩道に歩行者がいれば停止する。
サーキットは速いのが正義だが、公道は無事故・無違反が絶対正義であり、
一番格好良い。
アドバイスはありがたいのだけど、
こちらは金色眩い免許証を携帯する超優良ドライバーだ。
サーキットでは1コーナーをオーバーランする常習者でも、
停止線は綺麗に停止するテクニックを持ち合わせている。
初めての道だから一時停止線を見落としがちなのかもしれないが、
優先道路を走る車、特に北海道は速度が高めの車が多く、
その前に飛び出すなんて自殺行為だし、
自分の前に飛び出してくる違反車がいるかもしれない。
違反なんてダサいことをするわけがない・・・・・・と、
その曲がり角に来た時、早速捕まっている『わ』ナンバーを見て、
出オチやんとせせら笑った。
きっと旅行者だろう、
重大事故の当事者になり人殺しする前に捕まって良かったじゃない。
後に秋の全国交通安全運動中だったことを知り、
レンタカー店に戻るまで数々の取締まり対象を目撃することになる。
僕達は違反者を尻目に遥か遠くにある水辺へと、
近未来自動車で陸路を進んだ。
気温にそぐわない厚着をした我々とは反対の、
薄着でさらにはサンダルを履いた人々がいる。
どうやら薄着の人達は沖縄行きの飛行機に乗るらしく、
その誰もが若くて陽気が弾けている。
沖縄に到着するなり海に飛び込むべく、
きっと服の下はもう破廉恥なビキニではないかとも思わされた。
それに対して我々北海道行きの厚着派は、
平均年齢高めでどこか鬱屈としており、
薄着派とは混じることのない明確なサーモクラインが引かれていた。
思わず沖縄もいいな・・・・・・と口から零れてしまうと、
概ちゃんが、
「沖縄にはどんな魚がいるんやろーって考えてる。すぐ魚のことやし」
なんて言い出し、これはご名答。
僕の頭の中では地味な色をしたロウニンアジではなく、
カスミアジのような色鮮やかなお魚ちゃんや、
色取り取りの熱帯魚ちゃんが群れを成し、
白い砂浜に寝転がっていたり、胸を揺らして浅瀬で戯れていた。
これからヒグマが待つ北海道の冷たい水で糸を垂らす奴がいるだなんて、
沖縄へ行く彼女達の誰が想像できよう。
十時五十六分、乗客を待つ旅客機に乗り込み、
指定していた窓際に着座した。
事前に席を予約する際に概ちゃんに抜け駆けしていたので
彼女の席は僕の隣ではなく、通路を挟んだ僕の左斜め後ろだった。
この意味のない微妙な距離感に複雑な想いをした。
十一時二十分、
三ヵ月前に概ちゃんと観に行ったトップガン・マーヴェリックに
登場したスーパーホーネットを彷彿とさせるほどの加速度はなかったが、
大きな機体は宙へ舞い上がり地上に並ぶ建物をみるみる小さくした。
窓の外にあるのはひたすら広がる雲海と濃い青をした空。
地上では体験できない別世界の景色は、
聖帝サウザーの気分にさせるに十分であり、
下界で汗水を垂らしてひっきりなしに働く下々の民に向かい、
東京証券取引所の後場終わり十五時までしっかり経済を回せと、
頬杖を突きながら二時間だけの王座を満喫する。
空の上で正午を跨ぎ、北海道へ向かっている現実が僕に語りかけてくる。
最終目標の魚であるイトウを釣ることができたなら、
僕はなにを感じ今後どう生きるのか。
イトウは難しい魚ではないと想像でき、
イトウが生息できる環境が整っていたならばきっと釣れる。
初魚との出会いは人生で一度きりなのだから、
これまで同様、出会うまでの過程を大切にしよう。
あれこれ想像するうちに、
釣り上げてからのことを考えるのは野暮だと気付いた。
次第に眼下にはまさに航空写真で見る地上が現れ、
陸と海の境となる海岸線が延々と続き、そこを通過すると
今度はどこまでも広がる緑の大地を飛んだ。
機はゆっくり高度を下げるが、
見渡す限り建物がないことに気づき、
本当に日本だろうかと疑いつつ、これが北海道なのだ。
十三時二十分、離陸から丁度二時間で目的の空港に着陸。
今度は陸から空を見上げると鈍色の雲に覆われていた。
お金で最短時間を買ったので海路や陸路より遥かに早く
到着できたのだけど、
始発バスに乗ってから到着が午後になるのだから、
これまでのどこよりも遠くの魚に会いにきたのだと思わされた。
いや、まだ水辺ではなくこれから長い長い陸路を経て、
予定では片道十二時間の行程になる。
目的地へ到着するのは陽が西の空に沈んでからになるので下見も
できないはずだ。この季節の北海道は夜明けと日没が早い。
空港で手配していたレンタカー店の送迎車に乗り、
今日から一週間お世話になる車の元へ案内された。
まず驚いたのはリモコンでドアのロックが解除されること、
いや正確にはリモコンのボタンを押さずして、ドアノブに触れたら
開錠される。
さらにイグニッションにキーを差し込むことなく
レーシング・カーよろしくスターターボタンでエンジンに火が入るのには
参った。
パワーウインドウにパワーステアリングまで装備され、
ギアはドライブレンジに入れれば速度に応じて
自動でギアが変速されるAT仕様。
オートブリッパー同様、減速時にヒール&トゥが不要なのは楽である。
驚きっぱなしの僕に概ちゃんが、
これが皆が乗っているごく普通の車だと諭される。
なんやったら乗り心地が良く車内がとっても静かであるとも。
もっとも驚いたのはセンターコンソールに鎮座する
ナビゲーションシステム。しかしこれは無用の長物、
道案内はスマホで十分ではないだろうか、この時代遅れめ。
そんなスマホの充電用に持参していたシガーソケットの変換器だったが、
そもそもシガーソケットなどなく、
USB電源が標準装備されておりこれこそが無用の長物であった。
都会から田舎に来たのに、なにこの浦島太郎感。
贅沢が集約された近未来型自動車に戸惑っていると、
レンタカー店のスタッフがアドバイスをくれた。
店を出てすぐの曲がり角に一時停止線があるのでお気をつけくださいと。
ちなみに全国の最たる交通違反は一時停止違反。
普段から守っていないはずがなく、
もちろん信号のない横断歩道に歩行者がいれば停止する。
サーキットは速いのが正義だが、公道は無事故・無違反が絶対正義であり、
一番格好良い。
アドバイスはありがたいのだけど、
こちらは金色眩い免許証を携帯する超優良ドライバーだ。
サーキットでは1コーナーをオーバーランする常習者でも、
停止線は綺麗に停止するテクニックを持ち合わせている。
初めての道だから一時停止線を見落としがちなのかもしれないが、
優先道路を走る車、特に北海道は速度が高めの車が多く、
その前に飛び出すなんて自殺行為だし、
自分の前に飛び出してくる違反車がいるかもしれない。
違反なんてダサいことをするわけがない・・・・・・と、
その曲がり角に来た時、早速捕まっている『わ』ナンバーを見て、
出オチやんとせせら笑った。
きっと旅行者だろう、
重大事故の当事者になり人殺しする前に捕まって良かったじゃない。
後に秋の全国交通安全運動中だったことを知り、
レンタカー店に戻るまで数々の取締まり対象を目撃することになる。
僕達は違反者を尻目に遥か遠くにある水辺へと、
近未来自動車で陸路を進んだ。