2025年01月10日
イトウは心に宿る46
上流へ向けて歩みを進めれば魅惑の溜まりがいくつもあり、
ひとつ大きな岩を迂回して段差を越えると、
これまでより長くて幅広い、見事な渓相が目の前に現れた。
オショロコマの全長もこれまでより成長したものがいそうな雰囲気だった。
奥にある小さな落ち込みには幾筋もの流れが同時に落ちて広い白泡を作り、
そこから自分の立つところまでは一定して浅く単調な流れのようだが、
じっくり流れを読むことでプラグを通すコースを見極め、
誘いから喰わせる場所までをしっかり思い浮かべた。
手前から探るなんてことをせず、
おもいきって白泡の底に潜むオショロコマを誘い、
流速が速くなる瀬に入るまでの短い区間で喰わせる。
プラグを白泡へ放り込み、すぐさまラインテンションを操作して
流れに踊らせる。黒い魚影が勢いよく飛び出してきたのが見えた。
その魚影は流れを追い越すような速度でプラグに追いつき喰らいついた。
ここからは無我夢中だった。
魚との攻防など大層なこともなく容易く寄ってくる小さな魚なのに、
落ち着き冷静さを欠くことなく濡らしたランディングネットにおさまるまで、
僕は興奮の坩堝で記憶が真っ白になってしまった。
水に浸したランディングネットの中の渓流の宝石を眺める。
黒いパーマークが並び、側線の上下に散りばめられた橙色の小さな斑点。
腹部の鮮やかな橙色に息をのみ、胸鰭、腹鰭、尻鰭、そして下葉まで透き通る橙色に染まり、
腹鰭と尻鰭の縁だけは清らかな白色が強く主張しており、
シロヒレタビラを思わす美しさだった。
オショロコマ一族は完全とはいえないが海との交流を断ち、
悠久の昔からこの一帯で繁栄し、
これからも種を永らえるべく子孫を残すのだろう。
撮影を済ませて静寂の流れに姿を見送ると僕はスナップからプラグを外し、
小さなボックスに収めた。
素晴らしい渓相が僕を森の奥へと引き寄せるが、
これ以上釣り上げてなんになろう。
沢山釣らないと満足できないとか、
より大きなオショロコマに出会いたいといった欲望は影を潜めた。
いいところで終わる、足るを知る。
川を下っているとき歩みが止まり凍り付いた。
流れの脇にある一抱えほどの大きさの岩の上に、
直近でヒグマが食べていたであろう大きな魚が放置されていた。
薄い桃色のブナが印象的だが頭部から半分が欠損しており魚種は不明。
鮮度や状況を鑑みるに僕の気配を感じ、慌てて逃げたのだろうか。
強烈な残り香は感じなかったけれどヒグマとの距離は遠くなかったらしい。
入渓時にスマホは圏外だったし、湿原河川のような迷う渓相でもなく
概ちゃんには連絡をしていなかったが、無事に二本足で車まで辿り着けた。
五時に起床して六時過ぎに納竿、濃密な釣行。
吹きすさぶ潮風と潮騒が暴れ、
原始の森から追い出されるようにオショロコマの楽園をあとにした。