2025年02月15日
イトウは心に宿る53
午前十時を過ぎる頃、僕はまた牧草地に挟まれた永遠に終わりそうもない直線道路を
退屈そうに運転していた。
フロントガラス越しにもバックミラー越しにも他車の影はなく、
目に映るのは空と道路と牧草地しかない。
しばらく走っていると、運転席側の窓からなにか視線を感じた。
相手は動きを止めて首を直角に曲げているので、こちらを凝視しているのは明らかだ。
その姿を見るに、何か言いたげなのはすぐに理解できた。
「うわ珍しい。人間だよ」黒い瞳でそうつぶやいてるに違いないのは乳牛である。
鮮やかな芝生の緑色を背景に、乳房が発達しているホルスタインを見るなり、
ザ・北海道という豊饒の波が押し寄せ、あなた方にお世話になっていますとお辞儀した。
給食で仕方なく牛乳を飲んでいた少年期を経て、年齢を重ねるにつれ体が牛乳を欲するようになり、
牛乳パックに北海道のどこそこ産おいしい牛乳なんて書いていようものなら
購入に踏切る時間の短いことよ。バターに生クリームにチーズにヨーグルトの乳製品もしかり。
この美しく広大な牧場で育つ乳牛の搾りたて牛乳はさぞかし美味しいのだろうと得心する。
そんな願いを叶えるべく、吸っても出ないお乳の直飲みの真似事は夜の帳が下りてから。
乳牛を撮影している間に通過した車は皆無で、
知らぬ間に無人島、いや牛の惑星に迷い込んだのではなかろうかなんて不安も過る。
この辺りは丘陵地帯なので地平線こそ見えないものの、遥か遠くに見える丘の頂点で
道路が途切れているように見える。
いつまで経ってもその先からこちらに向かってくる車はいないが、
この雰囲気に見覚えがあり、うすうす気付いていたけれど、
これは映画マッドマックスの舞台であるオーストラリアなんだ。
メル・ギブソン演じるM.F.P迎撃担当マックスがV8インターセプターを駆り、
スティーヴ・ビズレー演じる不死身のグース操るZ1000が疾駆する、
そんな妄想を駆り立てるに相応しいロケーション。
車輪モノ大好き少年には罪な映画だった。VHSに録画された映像を幾度となく再生し、
セリフや俳優陣の動きまですっかり吸収するに至った、
歴代もっとも再生回数の多い洋画といえよう。
少年の心を掴んだのは車ならマックス、
バイクはジム・グースと言いたいけれどババ・ザネッティも譲れない。
整備士やレーサーを経験したのも、水が不要のハンドソープを使って
手の油汚れをウエスで拭いたりするのもMADMAXの影響が色濃い。
しまった、ここは魚釣りブログだったか。
MADMAX談義になると夜が更け、しまいに東の空が白み始めてしまう。
現実の世界に戻り、出発地から一時間半ほど走った先にある支流ならば
水量が落ち着いていると考え、使い慣れないカーナビゲーション・システムに目的地を入力し、
無機質な音声の言われるがままにアクセルを蹴る。
なにはともあれイトウが居着く場所を探すのがこの日の課題だ。
半時ほど経過した頃、カーナビが左折を指示してきた。
方向感覚には自信があるのでこの先に現れる丁字路は右だろうと思っていたのだが、これいかに。
左折はカーナビの指示通りにしたが、ならば次に迫る十字路は右折に違いないと思いきや、
またしても左折を指示する。
後方から追ってくる車はないと信じたいが、道路上に停車した時に限って猛スピードで
追突される可能性があるため、半信半疑ながらステアリングを左に切って指示通りの道を曲がった。
しばらく走りながら、進むべき方角が太陽の位置関係など感覚的に違うと確信したので、
方向変換できるスペースを求めて走り続けるが、折悪しく牧草地に挟まれた道路幅が狭い。
無駄に五分も走った頃、目の前にあの橋が出現した。僕は一瞬のうちに高揚した。
あの橋と言えば例の橋だ。V8ブラック・インターセプターがトーカッター一味を蹴散らし、
バイクごと橋から転落するあの場面、瓜二つの場所が目の前に現れたのだ。
これは撮影せねばとスーパーチャージャーを搭載していないレンタカーを橋の袂に停車。
方向変換どころかお誂え向きの空き地があったのは運命か。
カメラを持ってあっちやこっちを撮影してご満悦。
そうしてから橋の真ん中から上流側を覗き込むと、
魚が泳いでいそうな雰囲気があった。
岸沿いの植物の倒れ方と水没した跡、
それらと現在の水位を見るにいまだ増水中らしかったが、
水色だけは元から茶色なのか泥濁りなのか判断できなかった。
流れが茶色ながら太陽の陽射しが作る水面の煌めきが、魚釣り心をくすぐった。
退屈そうに運転していた。
フロントガラス越しにもバックミラー越しにも他車の影はなく、
目に映るのは空と道路と牧草地しかない。
しばらく走っていると、運転席側の窓からなにか視線を感じた。
相手は動きを止めて首を直角に曲げているので、こちらを凝視しているのは明らかだ。
その姿を見るに、何か言いたげなのはすぐに理解できた。
「うわ珍しい。人間だよ」黒い瞳でそうつぶやいてるに違いないのは乳牛である。
鮮やかな芝生の緑色を背景に、乳房が発達しているホルスタインを見るなり、
ザ・北海道という豊饒の波が押し寄せ、あなた方にお世話になっていますとお辞儀した。
給食で仕方なく牛乳を飲んでいた少年期を経て、年齢を重ねるにつれ体が牛乳を欲するようになり、
牛乳パックに北海道のどこそこ産おいしい牛乳なんて書いていようものなら
購入に踏切る時間の短いことよ。バターに生クリームにチーズにヨーグルトの乳製品もしかり。
この美しく広大な牧場で育つ乳牛の搾りたて牛乳はさぞかし美味しいのだろうと得心する。
そんな願いを叶えるべく、吸っても出ないお乳の直飲みの真似事は夜の帳が下りてから。
乳牛を撮影している間に通過した車は皆無で、
知らぬ間に無人島、いや牛の惑星に迷い込んだのではなかろうかなんて不安も過る。
この辺りは丘陵地帯なので地平線こそ見えないものの、遥か遠くに見える丘の頂点で
道路が途切れているように見える。
いつまで経ってもその先からこちらに向かってくる車はいないが、
この雰囲気に見覚えがあり、うすうす気付いていたけれど、
これは映画マッドマックスの舞台であるオーストラリアなんだ。
メル・ギブソン演じるM.F.P迎撃担当マックスがV8インターセプターを駆り、
スティーヴ・ビズレー演じる不死身のグース操るZ1000が疾駆する、
そんな妄想を駆り立てるに相応しいロケーション。
車輪モノ大好き少年には罪な映画だった。VHSに録画された映像を幾度となく再生し、
セリフや俳優陣の動きまですっかり吸収するに至った、
歴代もっとも再生回数の多い洋画といえよう。
少年の心を掴んだのは車ならマックス、
バイクはジム・グースと言いたいけれどババ・ザネッティも譲れない。
整備士やレーサーを経験したのも、水が不要のハンドソープを使って
手の油汚れをウエスで拭いたりするのもMADMAXの影響が色濃い。
しまった、ここは魚釣りブログだったか。
MADMAX談義になると夜が更け、しまいに東の空が白み始めてしまう。
現実の世界に戻り、出発地から一時間半ほど走った先にある支流ならば
水量が落ち着いていると考え、使い慣れないカーナビゲーション・システムに目的地を入力し、
無機質な音声の言われるがままにアクセルを蹴る。
なにはともあれイトウが居着く場所を探すのがこの日の課題だ。
半時ほど経過した頃、カーナビが左折を指示してきた。
方向感覚には自信があるのでこの先に現れる丁字路は右だろうと思っていたのだが、これいかに。
左折はカーナビの指示通りにしたが、ならば次に迫る十字路は右折に違いないと思いきや、
またしても左折を指示する。
後方から追ってくる車はないと信じたいが、道路上に停車した時に限って猛スピードで
追突される可能性があるため、半信半疑ながらステアリングを左に切って指示通りの道を曲がった。
しばらく走りながら、進むべき方角が太陽の位置関係など感覚的に違うと確信したので、
方向変換できるスペースを求めて走り続けるが、折悪しく牧草地に挟まれた道路幅が狭い。
無駄に五分も走った頃、目の前にあの橋が出現した。僕は一瞬のうちに高揚した。
あの橋と言えば例の橋だ。V8ブラック・インターセプターがトーカッター一味を蹴散らし、
バイクごと橋から転落するあの場面、瓜二つの場所が目の前に現れたのだ。
これは撮影せねばとスーパーチャージャーを搭載していないレンタカーを橋の袂に停車。
方向変換どころかお誂え向きの空き地があったのは運命か。
カメラを持ってあっちやこっちを撮影してご満悦。
そうしてから橋の真ん中から上流側を覗き込むと、
魚が泳いでいそうな雰囲気があった。
岸沿いの植物の倒れ方と水没した跡、
それらと現在の水位を見るにいまだ増水中らしかったが、
水色だけは元から茶色なのか泥濁りなのか判断できなかった。
流れが茶色ながら太陽の陽射しが作る水面の煌めきが、魚釣り心をくすぐった。