2024年01月29日
イトウは心に宿る30
25Lの防水バックパックを背負い、
艶消しの黒に塗られたロッドケースを左肩に掛け、
右手でフルサイズのスーツケースを引き、まだ仄暗い街を歩いた。
午前五時二十分、街の片隅で概(おおむね)ちゃんと合流した。
昼間の大通りを堂々と歩けない二人の関係ゆえ人目を忍んだ
静かな出発。街はまだ静寂を保っているが、
概ちゃんが引く中型スーツケースのキャスターがアスファルト表面の
ギャップを拾ってやけに騒がしい。
夢の北海道旅行実現で嬉しいのはわかるが、
結婚式で空き缶を引きずるブライダルカーよろしく、
まだ布団の中で夢を見ている皆様を叩き起こすつもりらしい。
僕のスーツケースと交換し、軽く持ち上げバス停へ向かった。
到着したバス停で始発バスを待つのはまだ二人だけ。
天気は申し分なく早朝の気温も心地良く感じられ、
都会で着るには少々早い革ジャンを脱いだ。
幸い二人は世界の誰ともウイルス繋がりがなく今日まで来られたが、
COVID-19に二度三度と感染して命拾いした者もいれば、数人は鬼籍に入った。
自分に深く関わりのある者達はいまだ感染していないが、
知り合いに陽性反応が出るたび忍び寄る黒い影を実感し、
自分の責任で愛する者の命を奪いたくないと常に考えてきた。
ここから北海道までの行程で避けて通れないのが公共交通機関であり、
人口の多い都市部から僻遠の地へウイルスを持ち込みたくない
との思いは強い。
しかしながらいつも通りの意識を持ち行動すれば問題ないはず。
バス停にはちらほら乗客が集まってきたが、
誰もがマスクをして適正と思われる距離を保ち列を作った。
バスから電車に乗換え、駅で停車するたび乗客が増える。
そのほとんどが通勤および通学での利用客だろうか。
中には通院する方や、初孫に会いに行くご婦人に、
緊張の面持ちで会社の面接に臨む人だっているかもしれない。
きっと想像もできない事情を抱えた人だっている。
社会に生きる皆が車両に揺れている。
乗換え駅を降り、別の路線へ向かう通路はいわゆる朝のラッシュ。
決して広いとはいえない通路を人々が行き交い、
その群衆の中にロッドケースを傍らにする自分が異質であることを
認識していた。と同時に遊びに行く気持ちの余裕、優越感。
邪魔にならないよう流芯を外れた隅っこに寄り、
足早にする人々を見送ってから、また二人で歩きだした。
次に乗車した路線では駅ごとに乗客が減り、
車内に空間が広がりマスク越しに会話も許されるであろうほどになる。
僕達は荷物が大きいので座席を利用せずドアの側に立っていたのだが、
ドア側に立つ概ちゃんの前に立ちはだかり、触っていいか尋ねてみた。
痴漢の許可を求める人なんていないと概ちゃんは言う。
では遠慮なくと言うと、声を出すと睨む。
公然で妙な声を出すなんて概ちゃんそこは堪え忍ばないと。
道ですれ違うGG共が思わず振り向く光景も珍しくないスタイルの
概ちゃんを、あんなことやこんなことだって
好き放題できる優越感。でも電車でするのは公然わいせつ。
目的の駅に到着し電車を降りると、
後ろからご夫婦らしき二人も降りてきて、
奥様もしくは愛人かも知れない女性が除菌シートを一枚取出し、
パートナーの男性に手渡す姿がとてもスマートで感心した。
きっとこの意識が二人を感染とは縁遠いものにしているのだろう。
仲睦まじきは美しい。
八時五十分空港到着。
ご時世だろうか搭乗手続きは簡素の一言に尽きる。
久しぶりで不慣れな自分達でも呆気なく手続きを終えることができ、
しばし広々としたロビーで寛ぐ。
僕は思い出したようにカメラを取出し撮影準備に取り掛かった。
被写体は全米が濡れたGカップの概ちゃん。
ポートレート撮影は狙った表情を引き出すのに
会話を巧みに行う手腕も問われるため、
先ほどターミナルへ来るのに利用したシャトルバスで見た、
大きな広角レンズのキヤノンを首に掛けた男性と、
その彼女と思しき女性が目をキラキラさせておしゃべりしていた
様子を切り出した。
すると予想だにしなかった驚きの答えが返ってきた。
概ちゃんも一瞬男性と思ったらしいが、間違いなく女性だったよと。
な・・・・・・なんだってーー!
週刊少年マガジンだったかのMMR調査班よろしく驚愕の事実。
別に野郎だろうが女性だろうが僕に損益はないし
地球だって滅亡はしないのだけど、
LGBTQの時代であることを再認識し、
そしてラブラブな瞳になっていた女性が実は男性で、
つまりは男女のカップルで帳尻合わせになっているのではと
猜疑心が芽生えもした。
結果カメラを持つ自分の表情が様々に変化していた。
これまで僕達は、散歩中に上空の飛行機を見つけては
どこへ向かうのだろうなんて言っていた。
今度は僕達がその飛行機に搭乗して空高く舞い上がる。
フライト時間が迫り指定された搭乗口へ向かうと、
後から続々と集まる人々の姿を見て驚いた。
ちょっと、この人達って・・・・・・。
Posted by Миру Україні at 07:07
│イトウ