2022年12月17日
あのブラックバス池を特定しました。
僕はモニターに映る上空から見下ろす航空写真の一点を凝視し、
しばらく眺めた後、息を呑んだ。
あのため池に似ている。
中学一年生の時に初めてブラックバスを釣ったため池を再訪したく、
しかしその後、所在を掴めず数十年間希求していたのだ。
モニターに映る道路からため池までの進入路と、
上下二段になっているため池のレイアウト。
それに上段の池から少し離れた場所にある大きなため池の存在にハッとし、
二つの位置関係も・・・・・・合っている。
両方のため池を遮る林と、そこを抜ける小道も確認できた。
僕の記憶とすべてが合致して、
体の底から気持ちが昂ってくるのがわかる。
いや、でも待て。糠喜びにならぬよう一度落ち着け。
モニターから視線を逸らして深呼吸ひとつ。
そうしてから向かい合ってあれこれ否定してみるべく、
つまびらかに調べてやるのだけど無謬である。
肯定と否定の均衡は脆くも崩れた。
あのため池だと確信した途端、
僕の心の奥底に沈んでいた錘が融けて無くなった。
後は現地へ赴き、水辺に立つことで記憶の糸をさらに手繰り寄せ、
その時自分がどういった感情に包まれるのかを知りたかった。
決行までの期待と不安。当日までの時間をひどく長く感じた。
次第に不穏な憶測も行き交う。
航空写真がいつの情報かわからない。
ため池の間違いなら救いはあるが、
現在は埋め立て地、もしくはソーラーパネルが設置された悍ましい景色だと、
その場に立ち尽くし悲嘆に暮れ、膝から崩れ落ちてしまうだろう。
天気予報から決行予定日は雨模様だと知った。
これは好機。だって『あの日』も曇天のち小雨。
小雨の中で念願の初ブラックバスを釣ったのだから。
タックルを持っていく?自分に問いかける。
じゃああの日のようにベイトタックルがいいかな。
ガングリップの5フィートとちょっとの短いベイトロッドはないから、
手持ちの最も短い6フィート1インチのベイトロッドにしよう。
ベイトリールに巻くのはナイロンライン。
そうなればもちろんルアーはワームのテキサスリグで決まり。
初バス記念の意味と、いつか来るこの日の為にトーナメント・ワーム6インチの
カメレオングレープを買っておいたのだ。
しかも当時はお小遣いで買った一本買いだったのに、
贅沢にもパック入りを購入。
このパックをフィッシングサロン心斎橋で見つけた時は運命を感じ、
一階のレジに持って行くとスタッフがその気持ちを汲んでくださった。
たったひとつのため池を見つけただけで溢れ出す想い。
これが自分の歩んできた人生。幸せな時間。
決行前夜の天気予報は雨模様から終始本降りになっていた。
思い描く状況と異なってきたことでその日は見送ることにし、
焦る気持ちを抑え数日後の曇天予報に照準を合わせ直した。
思い出の水辺巡り当日の朝を迎えた。
しっかり準備していたタックルは思う所あって置いていくことにし、
一眼レフカメラと超広角レンズ、そして三脚を携える。
これまでの思いが駆け巡る。
H県のため池の数は約二万二千箇所。
そこから乏しい記憶を頼りにひとつのため池を見つけ出そうと、
アトラス地図を眺めたり、
インターネットがナローバンドからブロードバンドになり、
ようやく快適に使えるようになった約二十年前の
2002年頃にADSLを契約してから、
パソコンのモニターに散らばる途方もない数のため池群と向き合った。
ある時、僕達釣り少年をバス釣りへ連れて行ってくれた同級生の父上に、
あのため池の名前や所在を聞き出そうとするもすっかりお忘れで、
また数年後に同じ質問をするとやや記憶が蘇ったのかO市だと言う。
さらにこんな有力情報も。
「花屋の手前やわ」
どこの花屋のどの方角からの手前なのか漠然すぎるが、一縷の望に託す。
パソコンに向かいO市に的を絞り、升目を敷いてローラー作戦に打って出た。
来る日も来る日も暇があれば延々と地味な作業を続ける。
それでも記憶にあるため池のレイアウトとは出会えなかった。
それもそのはず、O市ではなかったからだ・・・・・・。
しかも、だ。
ふと思いついたように古いアルバムを開けると、
そこには同級生の父上所有の初代シビックシャトルの前で
初ブラックバスを手持ちして、
はにかむ爽やか少年の写真。そこに添え書きが記されていた。
「初ブラックバス!O市の野池にて」
いや、そこから間違ってるやん。
同級生の父上からO市だと教わって書いたのだろう、もう・・・・・・。
こうして苦難は続き、何年も何十年も暇を見つけては
範囲を広げてマップを眺めることを忘れなかった。
2022年吉日深夜。
何かのきっかけでインターネット情報に出てきた、
鈴鹿サーキットをメインに活動している小さなショップの記事を読み、
気になったので調べるとショップの所在はH県X市。
何気にマップでショップの位置を確認すると、
ショップから随分離れた場所ではあるけれど、
視界に入り込んだひとつのため池・・・・・・。
今、そこへ向かっている。
まったくO市ではないし、
花屋の手前・・・・・・は見方によってはそうなるかも知れないが、
ため池の近くに差し掛かり、今にも泣き出しそうな曇天のもと、
運命の交差点を右折して、
しばらく走ってからうんと減速して最後の左折をした。
池はあるのか。
水は張っているのか。
魚はどうなっているのか。
低いギアでゆっくり静かに進むと、
そう、あの時シビックシャトルを停めた場所が見えてきた。
ため池の畔にツーバーナーを置いて、
大人達はチェアーに座って寛いだり昼食を作ってくれたり。
「え、大人達はなんで釣りしないの!?信じられへん!」
なんて言いながら、八名ほどの少年達はタックルを手に
一斉にため池のあちこちに散った。
まず下段の池の中央に抽水植物の切れ目があったはずで、
その地形が朧げに残っていたのを目にしたとき、
思わず感嘆の溜息が漏れる。
この場所で釣具店㐂竿堂の店員だった西さんに、
トップウォータープラグの使い方を教わった。
その場所から後ろを振り返り、
下段の池から上段の池へ続く道も記憶のままで、
上段の池に上る階段を緊張しながら歩を進めた。
上り切った場所で立ち止まると景色が広がった。
隅々まで見渡し、あぁ間違いないと安堵した。
しかもこの位置は、
初ブラックバスを釣り上げる少し前にかなり大きなブラックバスを
ヒットさせたのだけど、
目の前でジャンプされてルアーが外れ悔しい思いをしたところ。
フックアウトした瞬間、バスが宙で横向きになっていた。
そんな光景までもが蘇る。
そこからため池の角に目を向けると、初ブラックバスを釣り上げた場所が見えた。
僕はあの斜面に立ち、ロッドに生命感が伝わった。今でもそれは鮮明に。
雑草が生い茂り行く手を阻んでそこまで辿り着けなかったけれど、
そこへはあの時と同じ、春に訪れよう。
魚が居るかわからないけれど、さらなる楽しみを先延ばしにしてみた。
釣り少年の頃と同じように、今も期待に胸を膨らませ魚釣りを楽しめているかな。
今度ここへ来る時はタックルを携え、
もちろん往時のルアーを忍ばせて。
Posted by Миру Україні at 07:07
│湖沼